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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)2289号 判決 1991年3月29日

控訴人 株式会社富士銀行

右代表者代表取締役 端田泰三

右訴訟代理人弁護士 岡本宏

被控訴人 ひかりのくに株式会社

右代表者代表取締役 岡本美雄

右訴訟代理人弁護士 吉田朝彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

理由

一  当裁判所の認定、判断は、原判決の理由一、二の説示(原判決五枚目表五行目から同六枚目裏三行目まで)と同一であるから、ここに引用する。但し、次の削除、加入、変更をする。

1  原判決五枚目表七行目及び一〇行目の各「前段」を削り、同一一行目冒頭の「第三号証」の次に「及び当審証人佐藤忍の証言」を加え、同表末行を削り、そこに次項を加える。

「二 入金通知について

≪証拠≫及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、ほかにこの認定を動かすに足りる証拠はない。

1  手形の取立には、手形交換による方法(以下、この方法による対象手形を「交換手形」という。)と個別取立による方法(以下、この方法による対象手形を「個別取立手形」という。)がある。交換手形は、加盟銀行が、手形交換所を通じて相互に手形を交換し、当座勘定の支払資金(当座預金残高もしくは当座貸越限度額)の有無を問わないで、いつたん引き落しておき、支払資金が不足して過振りになつている分については、不足金の入金を求め、その入金がなかつた手形は、翌日、手形交換所で逆交換によつて、持出した加盟銀行に返還する取扱いになつている。

2  本件手形は、これと異なり、訴外銀行から控訴人(帯広支店)に書留郵便によつて送付されてきた個別取立手形であるから、控訴人(帯広支店)は、昭和六三年六月六日(満期日の同月五日は日曜日)、本件手形の振出人である訴外会社の当座勘定の支払資金残額と照合したうえ、支払の可否を決する取扱いによるべきである。ところが、控訴人(帯広支店)の為替担当者は、同日、本件手形を交換手形と誤つて引き落し、そのうえ、個別取立手形が引落済みになつているものと誤り、同日午前一一時五五分ころ、全銀システム(テレ為替)によつて訴外銀行に入金通知をした。当時、訴外会社の当座勘定の支払資金は、不足していた。

3  控訴人(帯広支店)は、その後間もなく、右誤りに気付き、訴外会社に対し、早急の入金を求めたが、倒産寸前の状態にあつた訴外会社に応じてもらえなかつたため、同日午後三時過ぎころ、訴外銀行に架電し、取立金額の返還を求めた。しかし、訴外銀行からは、取立金額は、既に、被控訴人の口座に入金記帳済みになつていて、被控訴人の同意が得られないことを理由に、右返還要求に応じられない旨の返答があつた。

4  右控訴人(帯広支店)の入金通知が、訴外銀行に到達するのと同時に、その通知による取立金額が、訴外銀行での被控訴人の口座に自動的に入金記帳され、被控訴人の預金となつた。したがつて、それ以後になされた控訴人(帯広支店)の返還要求は、訴外銀行を通じて、被控訴人に任意の返還をうながす意味合いしかない。また、入金通知そのものは、他店券を受け入れた訴外銀行が、被控訴人の口座に入金記帳するうえでの決済確認の手段にすぎない。すなわち、入金通知によつて生じた両銀行間の貸借は、翌営業日(同月七日)、日本銀行の為替決済預り金口座での入金、引落しによつて行われたが、控訴人(帯広支店)は、その決済の時までに、被控訴人の承諾がなくても一方的にその入金通知が撤回できる立場にはないのである。

5  控訴人(帯広支店)は、同じ日に、本件手形のほかに、三菱銀行京橋支店から郵送されてきた訴外会社振出の個別取立手形二通についても、同様の誤りによつて、同銀行支店に入金通知をしたが、翌営業日(同月七日)に、取立金額の返還を受けた。それは、右控訴人(帯広支店)の入金通知が、右銀行支店に到達するより前に、控訴人(帯広支店)からの架電によつて撤回されたか、入金通知到達(同時に、入金記帳によつて預金成立)後に、右個別取立手形二通の取立依頼人兼口座名義人である訴外株式会社内田洋行が、取立金額の返還に応じたかのいずれかによるものであつて、本件手形の場合とは、事情を異にする。

三  支払委託契約について

1  当座勘定取引契約に含まれる支払委託契約は、約束手形の支払についていえば、取引銀行を支払場所(支払担当者)として振り出される個々の約束手形の支払のために、あらかじめ締結される一般的、包括的な支払委託契約である。そして、この契約に基づいて、当座取引先が振り出す個々の約束手形により、その約束手形に関する個別的、具体的な支払委託がなされ、支払場所(支払担当者)とされた銀行は、その個々の約束手形について、支払権限を授与されるとともに、支払義務を負担することとなる。

2  銀行の当座取引先に対する権利、義務は、当座勘定規定によつて定められている。≪証拠≫によると、同規定九条一項は、「提示された手形、小切手等の金額が当座勘定の支払資金をこえる場合には、当行はその支払義務を負いません。」と規定し、同規定一一条一項は、「第九条の第一項にかかわらず、当行の裁量により支払資金をこえて手形、小切手等の支払をした場合には、当行からの請求がありしだい直ちにその不足金を支払つてください。」と規定している。したがつて、銀行は、これらの規定によつて、約束手形の金額が当座勘定の支払資金をこえる場合には、その支払について、義務は負担しないが、権限は失わないと解するのが相当である。

四  以上に基づき検討する。」

2 原判決五枚目裏一行目の「当座取引契約」を「当座勘定取引契約」と改め、同裏六行目末尾に続けて次項を加える。

「そうすると、控訴人(帯広支店)は、訴外会社との間では、訴外会社のために支払をなすべき支払担当者、被控訴人との間では、被控訴人のために支払を受けるべき復代理人の二つの地位を併有することとなる。」

3 同五枚目裏八行目の「支払委託」を「個別的、具体的な支払委託」と改め、同裏一一行目から一二行目にかけて「弁済の効力があるものである。」とあるのを削り、そこに次項を加える。

「その効力発生時期は、控訴人(帯広支店)から訴外銀行に対して入金通知を発信した時である。なぜならば、右入金通知を発信した時に、控訴人(帯広支店)が併せ行う、訴外会社の支払担当者としての支払行為と、被控訴人の復代理人としての受領行為との合致があるからである。仮に、効力発生時期が右のとおりでないとしても、入金通知が訴外銀行に到達して、そこでの被控訴人の口座に入金記帳がなされた時には、本件手形支払の効力が発生したというべきである。」

4 同六枚目表四行目の「当座取引契約」を「当座勘定取引契約」と、同表五行目の「支払」を「その支払委託に基づく事務処理として、右いずれかの時期に効力が発生する支払」と各改める。

二 そうすると、控訴人の本件請求を棄却した原判決は、相当であつて、本件控訴は、理由がないことに帰着する。そこで、本件控訴を棄却する

(裁判長裁判官 古嵜慶長 裁判官 上野利隆 瀬木比呂志)

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